ひとつの夢を見ているようだった。
死ぬ前に見る走馬灯のような夢、あるいは記憶の断片の1ページ1ページの積み重なりを、静かにめくっているような…。
『長江哀歌』でも感じたジャ・ジャンクー監督独特の、大河の流れのような泰然自若とした語り口。さすが黄河のほとりに住み文明を起こした民族であると思ってしまう、その大きさ。
物語は3つの時代に分かれる。1つは1999年。ミレニアム前の浮き足立つ中国だ。北京の西に位置する山西省の小さな街も、急成長する国家の勢いを受けてエネルギ—に満ちあふれている。主人公の小学校教師タオは、炭坑で働くリャンズーと、地元のガソリンスタンド企業を次々買収してしまう実業家のジンシェン、二人の幼なじみに愛され、三角関係の真ん中にいる。静かで思慮深いリャンズーと、お金や力への欲望を隠すことのない行動派のジンシェン。
彼女はジンシェンとの結婚を決める。
2つめの時代は、公開年だった2014年。中国はますます勢いを増し、炭坑は石油にとって変わられ衰退産業に。リャンズーは肺病を患っている。タオはジンシェンと離婚して一人故郷に住んでいるが、父親の死をきっかけに、ジンシェンに親権をとられ離れて暮らしている7歳の息子ダオラーを故郷に呼び寄せる。つかのまの、母息子ふたりの時間。しかしタオは、ジンシェン一家がオーストラリアに移住する計画であることを知る。
3つめの時代は2025年。少しだけ未来の話だ。オーストラリアで大学生となった息子ダオラーは中国語を話せず、守銭奴のようになって落ちぶれた父親ジンシェンとのコミュニケーションもとれない。育ての母の姿もそこにはない。ダオラーの孤独。彼はオーストラリアにやって来たばかりの年上の中国語教師ミアに惹かれ、ふたりは急速に距離をちぢめてゆく…。
難しいプロットだと思う。主人公タオは2部以降ほとんど登場しないし、2025年の主人公である息子ダオラーは2部では殆ど喋らない7歳の少年として登場しているだけなので、観客は11年間の、彼の感情の流れを想像するしかない。しかしそこに、アルバムのなかの1ページのような強いイメージが残っているので、時代を経ても変わらない人々の気持ちをそっと推しはかるように、観客の私たちが静かに物語に寄りそっていることに気づくのだ。
ジャ・ジャンクー監督は、前作『罪の手ざわり』を撮ったあとすぐに、感情についての映画を撮りたいと思ったそうだ。まさに感情の断片のつらなりだけで、1999年、2014年、2025年という3つの時代をまたがる、独特の構成を乗り越えた。わたしはこの映画を観て、内面の断片だけで、人は人に物語を伝えられるということを教えられた。
断片のつらなりとは、例えばこんなところに…。
タオは列車のなかで父親に、ジンシェンと恋人同士になったことを告げる。次のショット。列車のなかで佇む父親のロングショット。父親は、もう一人の幼なじみ、地味で誠実なリャンズーとの結婚を望んでいたのだろうか。父親の目に不安が射す。娘の先行きを案じ、予言しているかのような父親の表情。あの一瞬のワンショットによって、2部でのタオの離婚と、突然死ぬことになる父親の想いが映画の中に立ち上がる。
あるいは1999年に飼い始めた犬は、2014年に老犬になっているのだが、タオは1999年によく着ていた自分のセーターを、犬のために編み直している。若い肉体を包んでいたセーターは、結婚、離婚を経ても一緒だった唯一の存在、犬の保温着になる。そんな場面に、時の流れとやさしさが滲みだす。
あるいは、1部の1999年にはミレニアムを祝う爆竹や花火、あるいはジンシェンが恋のライバル・リャンズーを殺そうとしていたダイナマイト、突然差しはさまれる飛行機事故など、火のイメージがつきまとう。弾丸のような若い存在の彼らの熱が、爆竹、花火、ダイナマイトという火の爆発のイメージと呼応していた。
タオ役の女優チャオ・タオの魅力はダンスが下手なところにあると、冒頭シーンをみて思った。中盤のディスコ、印象的なラストシーンにもダンスが出てきて、やはりちょっと重いのが個性として際立っているのだが、監督はやはりそう感じていたのだろうかと。
重力のある、肉の弾力が内側から満ちているような身体をしたタオが老いていき、離れている息子への愛を、時間がかかりながらも、ゆっくり編み上げて行く。そこにあるのは、ただ「想い」なのだ。
そして息子役のドン・ズージェンが素晴らしい。18歳のダオラーは暗示的に不在の母を求めており、トロントからオーストラリアにやってきたばかりの中国語教師ミアの孤独と呼応していく。そして二人で旅行に出た先のヘリコプターのなかで突然キスをする、なんとも素敵なシーンがあるのだが、そのトキメキを自然に演じていた。
劇中のミアのセリフにもあった。「時間はそう簡単に人を変えない」と。大きな河の流れのような独特なナラティブが新鮮だった本作。大河の底流には、新鮮な水の流れのような瑞々しい感情が、変わることのなく私たちにも流れ続けているのだということを教えられる映画だった。
画像はすべて ©Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano
4月23日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか
全国順次ロードショー
第68回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門正式出品
第63回サンセバスチャン国際映画祭 観客賞(ヨーロッパ映画)
第52回台湾金馬奨 オリジナル脚本賞・観客賞
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
撮影:ユー・リクウァイ
音楽:半野喜弘
プロデューサー:市山尚三
製作:上海電影集団、Xstream Pictures、北京潤錦投資公司、MK Productions、ARTE、CNC、バンダイビジュアル、ビターズ・エンド、オフィス北野
出演:チャオ・タオ(『長江哀歌』『罪の手ざわり』)、チャン・イー(『黄金時代』『最愛の子』)、リャン・ジンドン(『プラットホーム』)、ドン・ズージェン、シルヴィア・チャン(『恋人たちの食卓』)
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野
2015 年/中国=日本=フランス/125 分
提供:バンダイビジュアル、ビターズ・エンド/オフィス北野
原題:山河故人
英題:Mountains May Depart
公式HP : http://bitters.co.jp/sanga/
公式twitter : https://twitter.com/jia_zhangke
公式FB : https://www.facebook.com/sanga.movie/
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